僕は今日、父になる

今日は一番早い出勤の日

うちから職場までドアtoドアで約一時間弱

僕は4:45に目を覚ました。

 

普段、休日以外では朝食を摂らない僕は、白いピルクルを一本飲もうと冷蔵庫を開けた。

 

ポケットの中で何かが震えている。

普段からマナーモードにしている僕のスマートフォンであった。

画面には嫁さんの文字。まさか

 

「もしもし」

電話に出ると少し苦しそうな声。さっきまで夢の中ではデートしていたのに

「今、陣痛がきてて、早くて昼頃に生まれるかもって…」

「わかった。早めに行けるように相談するね、俺のことは待たずに生んでいいからね、◯◯(息子の名前)をよろしくね」

と少し言葉を交わし、電話を切った。

もともと予定日が10/12のため、10/22には入院し、10/23には促進剤を投与する予定であった。

しかし、促進剤を投与する前に陣痛が起きたようだ。

 

すぐに上司に電話した。こんな時間に申し訳ないと思いつつ

やはり、寝起きの声であった。

 

結果として

僕は一番早い出勤で、鍵を開けないと利用者さんから他のパートの職員にまで迷惑をかけてしまう。

なので、一度出勤して早めに帰ることになった。

 

もう一度嫁さんに電話する。

先ほどよりも声が荒い。

「出勤して、早めに帰らせてもらうから、午前中には行けるよ」

「そっか、ありがとう」

と会話を交わして電話を切った。

 

さあ、どうしよう。ここから一人でパニックである。

2分くらいあたふたしたあと、僕があたふたしたって仕方ない、このような時に夫ができることなんて限られているのだとある意味で開き直った。

嬉しさからか、嫁さんの荒い声からの恐怖か、体の震えが治まるまでには少しかかった。

 

 

普段のように準備をして5:20に家を出た。

 

職場に着いた。

普段から勤務前にはトイレにこもり、僕は体調を整えている。

今日もそうしていた。

 

一緒に仕事をしている同僚に今日は早く帰らせてもらう旨をLINEで伝える。

普段のようなノリで返してくれたため、気持ちがかなり落ち着いた。ありがとう。

Twitter界にもツイートした。すると早い時間にも関わらず、返してくれる人たちがいた。

この世界は案外僕にやさしいと思った。

これから生まれてくる我が子にもやさしさを届けたい。

 

勤務時間になり、普段以上に丁寧さを心がけて職務にあたる。

他の職員たちも声をかけてくれる。

そして9時過ぎ、僕の仕事を引き継げる人がきた。

そして引き継ぎをしたあと、がんばってと声をかけてくれた。

 

皆から声をかけられる。

がんばれ、大丈夫。人間は生めるようにできている。そういう動物だから。

あなたが医者に迷惑かけないでね。

10月に入ってからずっとそわそわしてたよ。

 

と、笑顔で送ってくれた。

帰り際に扉に頭をぶつけた僕を見て、大笑いしながら

「あなたが無事に病院にたどり着けるかが心配」と言っていた。

世界は平常運転である。

 

帰り道

皆にそわそわしていることが分かるほど頼りない僕が

これといって取り柄のない僕が

安月給でお金がない僕が

こんな僕が父親になっても良いのだろうかという思いが大きな不安が生まれる。

 

しかし、日頃から僕は

僕はバカだけれど素直だ。他の人より子どもの気持ちになれる。というより子どもだ。

母(嫁さん)は料理上手でやさしい。アホだけど。

こんな夫婦の元に生まれてくる子どもは絶対に幸せだと言える自信がある。そう言っている。

僕も自分の父と母の元に生まれて幸せだと胸を張れるから。

 

弱さがあるから、悪いところがあるから上を目指せる。だからこそ人の痛みを理解し、やさしく愛することができるんだと

僕は僕をもっと好きになりたいと思う。

 

自分のことを愛する僕を見て、息子にも自分を愛する人間になってほしいから。

 

 

帰り道に返信はないと思うが嫁さんにLINEを入れておいた。帰ったら向かうと。

まだ病室にいるようで、返信がきた。

今促進剤の点滴を打っていると。

陣痛がきても促進剤は投与するのだと初めて知った。

 

 

11:00頃、家を出て自転車にて病院に向かった。

11:10病院に着く。

まだ分娩台?にはおらず、嫁さんは分娩台横のベッドに座っていた。とても苦しそうに。

点滴につながれ

機械の取っ手をつかみ、今まで見せたことのない表情で、普段しないような息づかい。

子宮口が10センチ開かなければいけないところ、今は5センチで半分。順調らしい。

 

腰をさすりながら、汗をかいた手を握りながら

不謹慎ながらきれいだと思ってしまった。

我が子のために陣痛と戦う嫁さんの姿は、この世で見た中で一番きれいなものだと僕は心の底から感じた。

 

そんな中、分娩台にいる他の患者さんがお産に入るということで一度僕は部屋を出た。

ただ祈るのみである。

 

時間だけが過ぎる。

一緒にいられないもどかしさ。

スマホをいじる。雑誌を読む。

何をしても落ち着かない。

 

やはりただ祈るのみである。

 

12:15頃、もう一度嫁さんのいる部屋へ行く。

さっきは座っていたが、今は横になっていた。先ほどよりも苦しい顔。

廊下まで響く声。子宮口は8センチまで広がった。

僕にできることはひたすらさする。時々水。

 

激しい痛みを訴える。また退室することになった。

 

 

しばらくすると昼食をとっておけるのは2時間で破棄しなければならない。なので旦那さんが食べてもらえますか。と聞かれる。

もったいないので食べることにした。しかし嫁さんの絶叫。

気が気ではない中、食べ物を粗末にすることはできないと完食した。

病院食はこんなにおいしいのかと驚いた。

 

食器を片付けたあとはまたひたすら祈るのみである。

しかし、先ほどよりも大きく苦しそうな嫁さんの声。

しかし祈るのみである。

 

13:30頃、分娩台に移っていた。

左向きに横になり、苦しい陣痛を迎え撃つ嫁さん。

ひたすらさする。腰を広範囲にさする。

 

一度診察ということで出て、また13:50くらいにまた戻る。

またひたすらさする。

子宮口は9センチ。

 

14:10また診察のために出る。

これで10センチになっているならば、いきんで良いとのこと。

子宮口が開くまでは生もうとしてはいけないようである。

陣痛に耐える。波が去ったら力を抜く。の繰り返しなのかと感じる。

 

もう嫁さんもいきんで出したいと叫ぶほどであった。

「無理」「痛い」「出る」

そして呼吸の連続。

 

次に入るときにはお産が始まっているのだろうか。

 

14:30にまた呼ばれたので分娩台の部屋に入る。

嫁さんは仰向けになり、いきむ体制になっていた。

僕はもう腰をさすれないのでひたすら汗をふく。暑いというので内輪であおぐ。手を握る。

 

いきむ時には頭を上げておへそを見るように頭はまっすぐにするらしい。

陣痛で一番痛むときにいきむとよいらしく、息をおもいっきり吸ったら止めて頭をあげていきむ!

声を出すと力が逃げるので、ぐっとこらえる。

僕には何をすることもできない。

いきむ度にチアノーゼの症状が出て唇が紫になる嫁さんの姿に大変さを感じた。

頭は少し見え始めているようだ。

 

何度も繰り返しながら時間が過ぎていく。

 

17時過ぎ、助産師さん以外に先生がやってくる。

今の状態として、出産に時間がかかっているため、微弱陣痛になっているとのこと。(よく分からないが)

少しお手伝いして一緒にがんばりましょうね。

と、吸引しながら出すことになった。

嫁さんがいきむタイミングで吸引をする。

二回くらいでかなり良いところまで行ったようだ。

早く生まれてほしいと願う。

 

「次で最後だからね、タイミング合わせていくよ!」とまるでこの前見ていたコウノドリというドラマのようだと妙に冷静であった。

 

声をかけられるような雰囲気ではないと思っていた僕でも、最後の最後は声が出た。

「生まれるよ!」

 

嫁さんが最後の力を振り絞る。

先生含め助産師さんたちが声を張り上げる。

「赤ちゃん生まれるよー!」

そしてすぐに

 

「赤ちゃん生まれましたよー!」

嫁さんは唖然としていた。

僕は息子がするんと出てくるところをよく見ていた。ただただ感動して声なんか出なかった。

僕の息子はへその緒を切る瞬間にもう泣いていた。力強い産声であった。

この産声が悲しいものではなく、生まれてよかったと嬉しいものにできるよう僕は頑張らなければいけない。

そう思った。

 

きれいに拭いた我が子を助産師さんが僕の嫁さんによく見せてくれた。

嫁さんはただ一言「かわいい」と呟く。

僕の涙腺はその一言で少しだけ刺激された。

 

嫁さんは胎盤などを取り出し、縫うために分娩台にしばらくいることになった。

僕は我が子の体重と身長を計る際に近くでずっと眺めていた。

体重3412グラム。身長53.5センチ(吸引で少し頭が長くなっている)

予定日よりも遅れたこともあって、大きめの赤ちゃんであった。

 

本来は母から抱っこさせたいんだけどと言われながらも僕は息子を抱っこした。

軽かった。けれど重かった。

僕は確信した。嫁さんに会うためにこの子に会うために生まれてきたんだと。

これからこのかわいい我が子を絶対に幸せにするとそう誓った。

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